フィレンツェ 散策 11
2009年11月04日
暗殺計画はドゥオモでの祈りが始まり、みなが目を伏せた瞬間に行われることとなった。
フランチェスコ・ディ・パッツイーとバロンチェッロは聖歌隊席の北側に進み、ジュリアーノの後ろに陣取る。
ロレンツォはまだ主催段とは反対側の廊下に側近4人と立っていたが、2人の僧は僧服に剣をしのばせ、後ろに回った。
その時突然鐘がなりミサが始まった。あわてた二人は急いで剣を取り出し、不覚にもロレンツォの肩に手を置いて振りかざした。ロレンツォは振り向きざまに剣を見た。とっさによけた為深手はまぬがれた。そしてロレンツォは剣を抜き反撃に出た、これにひるんだ僧たちは撃退された。側近はロレンツォを連れ、祭壇を跳び越して聖具入れに飛び込んでドアを閉めた。
ジュリアーノは不運にもバロンチェッロの一撃をくらい、ひざから床に崩れ落ちた。動転したフランチェスコ・ディ・パッツィーは何回も何回も剣をすでに息絶えたジュリアーノに突き立て、しまいには自分の腿もさして負傷してしまう。
大聖堂が大混乱に陥る隙に、サルヴィアーティ大司教と一行(ペルージャから来た僧に変装した傭兵達)は予定通り市庁舎に向かった。教皇からの緊急メッセージを持参したと、市政府長官チェーザレ・ペトルッチに取り次いだ。
サルヴィアーティ大司教は会見の間に案内され、随行員はそばの部屋があてがわれた、ところがこの部屋は中からは開けられないようになっていた。
ペトルッチが食事中であったため、しばらく待たされることになったのである。
その沈黙がサルヴィアーティを不安と恐怖に導いた。
ペトルッチが現れると、サルヴィアーティは震える声で教皇のメッセージを伝えようとするが支離滅裂で錯乱していた。異変を察したペトルッチは大声で衛兵を呼び、鐘を鳴らすよう指示する。
サルヴィアーティは「今だ、今だ、殺せ」と怒鳴るが、閉じ込められた傭兵達は動きがとれずドアを叩くだけであった。
鐘を聞きつけた市民が一気にシニョーリア広場に集まってきた。
パッツィー家と少人数の一行は「リベルタ、リベルタ、メディチを倒せ」と連
呼したが、負傷しながらも駆けつけたロレンツォの姿を見るや否や、大衆は逆に「メディチ万歳、メディチ万歳」と連呼した。
事を聞きつけた50人ほどのメディチ家の武装集団が市庁舎に入り衛兵と合流し、パッツィー家に雇われたペルージャの用兵を撃破した。
ヤコポ・ディ・パッツィー吊るし首
フランチェスコ・ディ・パッツイー吊るし首
サルヴィアーティ大司教吊るし首
2人の僧マッフェイとステファノは隠れていたのを発見され、去勢されて同様に吊るし首
モンテセッコは5月につかまり、全て教皇の関与も自白し打ち首
バロンチェッロは逃亡に成功しコンスタンチノープルまで落ち延びたが、フィレンツとの友好条約から引き渡され処刑。
パッツィー家の名称と紋章は永久追放となった。
モンテセッコの自白により、強欲教皇に対抗したロレンツォは時の英雄となったのである。
ここにイルマニーフィコ・ロレンツォ・ディ・メディチが誕生したのである。


