食の行方
2009年04月16日
食の行方
世界の各国に独自の料理が存在し、脈々と歴史を刻んでいる。それぞれの人類の発達と共に食文化も同様に進化していった。中でも世界中の人々が愛するイタリア料理、フランス料理、中華料理、日本料理は世界4大料理と言える。スペイン料理を加えるかどうかは皆さまの判断にお任せするが、中でもフランス料理が常に新しい料理に挑戦をしているように思う。
美食フランス料理はルーツイタリア料理をはるかに超えて、その完成度は世界が認めている。
エスコフィエは伝統料理に革新を加え時代と共に進化させ、次世代のフェルナン・ポワン達はさらに改革に意欲を見せている。そしてポール・ボキューズに受け継がれる。
そして、ポール・ボキューズ、トロワグロ達は日本にその技術の伝道を依頼されて来日する。それは、ポール・ボキューズにとって衝撃的な日本料理との出会いであった。
ある日、ルレ・エ・シャトーの会合の夕食会で、ジョルジュ・ブランと同席したことがある。彼はウィットにとんだ人物で、実によく話し、人を笑わせる。ある種天才的でもある彼の話にポール・ボキューズとヌーベル・キュイジーヌが出てきた。笑わせることが目的だから、少々事実を逸脱し、過大解釈はご容赦願い、言葉に忠実にご紹介するとしよう。
「1969年頃、辻静雄さんがやって来て、ポール・ボキューズに尋ねた。ボキュ
ーズさん、是非日本に来てムッシューの技術を指導してくれないか、日本のフラ
ンス料理はまだまだ遅れていて、第一、正式にフランス理と呼べる物がない。お
願いできないだろうか?そこでポール・ボキューズは日本のことを調べることに
した。そして手にた本には刀を差した侍の写真があって、食事は汁とメザシ2本
とタクワンであった。
感想は"凄いところだな、教えても解るかな"であった。しかしあまりにも丁寧
で熱の入った誘いであったから、承諾はしたが一人では怖くてトロワグロにも声
をかけた。
こうして恐る恐る日本の地を踏んだのであった。でも着いてみてビックリしたの
でした、近代的なビルの東京は、ニューヨークで味わった近代国家の華やかさを
備えていたのである。自分の不勉強はさておき、安堵したポール・ボキューズは
心が軽くなった気がした。そしてその夜吉兆に招かれた。。ここからがポール・
ボキューズの真骨頂である。
出てきた料理は36種類、小さな料理だけど、そのプレゼンテーションには唖然
とした。きれいにナイフを入れられた魚、色鮮やかな野菜は歯ごたえ豊で、こう
することにより野菜一つ一つの風味が際立ち、だいいち食感がいい。塩味は少々
不満だが今まで味わったことのないスープは実に深い味がする。調理方法も実に
多岐にわたる、煮る、焼く、蒸す、茹でる、揚げる、生とコースに全ての調理が
披露されて、しかも油脂分は素材に含まれるのみで、こんなに軽い料理は今まで
に食べたことがない。胃は満たされるのに、実に爽やかである。
特に器が素晴らしい、素材と調理方法により様々な形と色合いが一層に料理を引き立てている。こうして。ポール・ボキューズは瞬時にひらめきをメモした。
徹底的に軽い料理の追及
料理に合わせた食器の選択
こうしてポール・ボキューズやトロワグロから新しい料理が誕生した。
ゴー・エ・ミヨはこれを「ヌーベル・キュイジーヌ」と呼んだのである。」


