エノテーカ ピンキオーリ誕生のエピソード-34-

2009年03月20日

1839年以後トマトのスパゲッティーがナポリで大流行し、時のナポリ王フェルデナンド2世がやがてそのスパゲッティーを口にするのは時間の問題であった。いくら庶民の食べ物と言え、このスパゲッティーはナポリを救う救世主として伝わり1品の料理は英雄視されたからである。だが悲しい事に、このパスタを生み出した主婦のその後はあまり文献に出てこない。トマトのソースも、スパゲッティーもすでに存在しており、この2つが合わさったのは時の仕業と思ったのかもしれない、英雄は人にではなく、スパゲッティーそのものに向けられたのである。それよりも法王の命に背きながらもトマトの品種改良を志した農民に賞賛の目が向いたのです。

「民は見ればパスタを、何故かくも美味そうに食しておる?」

「閣下、あれが噂のトマトのスパゲッティーなる代物でございます、それは誠に美味で、これに勝るものはないと申しているとか。」

「スパゲッティーがそれほど美味いと?聞き捨てならぬ、では余も食してみよう。今夜の食卓に出させよ。」

このような会話があったかは定かでないが、こうして庶民の食べ物であったパスタは宮廷へと献上されました。驚くことに宮廷内でもパスタは大好評で迎えられたのです。そしてフェルデナンドは宮中晩餐会で各国大使や枢機卿を迎え、ナポリ名物の「スパゲッティー アル ポモドーロ」を披露する計画まで立ててしまう。がしかし、政を司る武官「ジェナロ スパダッツィーニ」は頭を抱えることになります。

「閣下、いくらナポリ名物披露と言いましても、大使方々に手で食べさせるわけには参りません」

「ならば、方法を考えよ、それがそちの役目であろう!」

このように言い渡されたジェナロは、3日3晩考え抜いた末に、肉を切る為に使用している歯の長いフォークを改良することを思いついた。

まず歯先を短くする。

歯の間隔はスパゲッティーが挟まる間隔に改良。

まずまずの出来であるが、さらに4本歯にしたところ、食べやすさが向上。

こうして、現在皆様が使用しているフォークが誕生した。

ジェナロはすぐにナポリ王に報告し、すぐさま晩餐会が開催された。

こうしてフェルデナンドは自らそのフォークの使い方を手ほどきしながら、クルクルと巻き上げながらスパゲッティーを食べ、宮廷料理のコースにパスタのコースが加わる事となったのです。

それ以後のパスタの開発はすさまじく、各地で特産パスタの開発がおこり、パスタはイタリア料理の代名詞となったのです。