エノテーカ ピンキオーリ誕生のエピソード-29-

2009年02月21日

そして、あっという間に17年の歳月が過ぎてゆく。

ふり返れば開店後3年間は本当に苦しい時でした。イタリア料理が認知されない日々が続きました。コースで提供するイタリア料理に拒否反応するお客様が相次ぎ、希望するオーダーに四苦八苦したのを思い出します。しばらくメニューを見た後で

「メニューにはないようだけど、生ハムと何か前菜を盛り合わせにして、スパゲッティーをもらおうか」「あっ、それからビールは何がある?」

今では「よくビールを提供せずに17年間ワインを売り続けたものだよ」と半ばあきらめの冗談を言われますが、当時は「ないのなら、買って来い、いくらでもあるだろう」としかられ、多くのお客様が席を立ち帰る空しさを味わいました。

つくづくオーナーのジョルジョ氏とアニー夫人の強い意思がなければ、あの逆境の中で信念を通すことは出来なかったと思う。日本料理はすばらしく、日本人の味覚は世界でもトップクラスと認めるオーナー夫妻も、だからこそ日本人に合わせた料理でなく「イタリア料理その物」を提供することに意味があると主張して譲らない。時代と共に世界は情報であふれ、食文化もまた融合され「フュージョン」と言う新しい料理が誕生する、これも新しい食文化として認める中で、「かたくなに守る食文化」も必要なのだとジョルジョとアニーは語る。イタリア人の誇りとして後世に伝えるべきは「流行に流され伝統を忘れる、こうあってはならない」事だと言う。

新しい料理=美味しい料理なのだろうか? 驚きの料理=美味しい料理なのだろうか?

素材が最も美味しい時に、最も適した調理方法で料理する、ならば必然的に季節が強調される。

季節はまた人々に身体が要求するシグナルを送るが故に、美味いと感じる。

これが美味い物を食べるコツであり、摂理であり、道理である。

この自然の摂理に身を委ねればこそ、美味い物を食べた喜びが増すのではないだろうか。

こんな頑なな姿勢が、やがて大きく花開く時がやってくるのです。