エノテーカ ピンキオーリ誕生のエピソード-19-

2008年12月13日

2度目のイタリアは空路フランクフルトからピサ、そして列車でフィレンツェ入りした。

4つ星でアルノ川沿いの瀟洒なホテルに部屋をとり、翌日ロビーで待ち合わせをした。

お皿や銀器を運ぶとなると当然車で来るものと想像していた。イタリアを代表するレストランのオーナー夫人で総料理長となれば、初めて会う私からすれば少し近づきがたい印象を持つのは当然だと思う。第一女性の料理長に今までお目にかかった事がないため、どの様な風貌なのか想像がつかない。きっとたくましいのだろうか?男勝りのいかつい感じなのだろうか?そういえば何故写真が1枚もないのだろうか?

きっと事務所のどこかにあったのだろうが、今となっては確認しなかった自分をおろかに思うのである。

しかし駆けつけた夫人は、私の印象とはおよそ正反対のものであった。第一にかなり遅れてきて「ごめんなさい」と誤る姿が人懐こかった。しかもモトリーノ(小型スクーター)で足元に山のように荷物を積んで到着したものだから、最初はどこのオバサン?(かなり失礼)かと思うところだった。全く人の想像や空想はあてにならないものです。でも緊張がほぐれ妙に温かな雰囲気に皆が安堵し、それぞれに手伝って荷物を運び入れた。しかし夜にはエノテーカに伺うのに、なぜか荷物を持っての登場であった。

私はフランス料理を経験し、イタリア料理は今回が初めてだが、マネージャーを勤める予定だと自己紹介をした。私の顔を見て「貴方は日本人か?」と聞いてきた。そういえば出張前に時間がなくて散髪に行き寂れていた、少々長い髪は天然パーマで軽いウェーブがかかり、色黒の私はラテン系に見えたのだと言う。

つまりイタリア風だからマネージャーとしていいだろうとの判断のようだ。

さていよいよプレゼンテーションが始まります。エレベーターは3機ありそのホールはそのまま受付カウンターとなる。レセプションは2名の女性が待機する。その脇に5卓25名のウェイティングソファーがあり隣接するバーカウンターから食前酒のサービスが行われる。ダイニングへの導入は14メートルのワインセラーのトンネルから始まる。ダイニングは3つの個室を有し銀座特有のビジネスディナーの需要にこたえる。調理場の広さ等、レイアウトには問題がなさそうであるが、ここからがイタリア独特の従業員への配慮で注文が入る。まずロッカールームの広さは2倍にし、寛ぐソファーとテレビが要求された。

シャワールームの設置も大事な要素だと言う。出来れば専用の冷蔵庫に水の用意があればよいと言う。

イタリアでは、従業員の数に応じトイレの数、一人当たりの水の量、シャワーが法律で決められていると言う。日本ではその限りではないと説明するが、イタリアからは調理に3名、ダイニングに2名派遣される予定だから、当然フィレンツェと同等の待遇をと言うわけである。協議の結果可能な限り受け入れてスペースを捻出することにした。

レイアウトは概ねOKをもらうことが出来た。なかなか順調な出足である。