エノテーカ ピンキオーリ誕生のエピソード-16-

2008年11月21日

あるワインの物語

1942年秋、その日事務所に電話が入り、一通の手紙を受け取った。内容証明の意味ありげな中身にはこう書いてあった。

"ボルゲリのサラブレッド用の牧場はそなたが相続された。相続人マリオ・インチーザ・ロケッタ公爵。"

ティレニア海に面するトスカーナ州マレンマ地方のボルゲリ、この土地はやっと雑草が生える程にやせていた。太陽だけはよく当たるこの土地はしかし、サラブレッド飼育に将来は無い土地でもあった。その昔トスカーナは名馬の産地でもあったのはご存知でしょうか。今も残るシエナのカンポ広場で行われるハリオといわれるサラブレッドのレースは正に馬のレースである、騎手が振り落とされようとも馬さえ勝てば優勝である。時に騎手が落馬で大怪我をしようと、決着がつくまで誰も人などには関心がないくらいだから、イタリア人が理解できないのも無理はない。そんな悠久の歴史を受け継いだこのボルゲリは今ひっそりと微かに香る海風を受けて大地が広がるのみ。わずかにトマトを産出し、自然がなすがままに栄光の記憶はしだいに薄れていった。

名門ワイナリー、アンティノーリの血を受け継ぐロケッタ公爵は、実は高貴なワイン作りを夢見ていた。そこで公爵はわずかな可能性を信じて地質調査に乗り出すことにした。専門家の土壌分析の結果は、フランス種のカベルネソーヴィニオンなら可能性がある、その程度だった。

「葡萄の苗木を分けてほしいのですが?」

意を決し、翌年、ボルドーの名門ラフィット・ロートシルトの門をたたいた。

この一言から始まったワイン作りはまるで、家庭菜園のように細々としていた。しかも出来上がったワインは、濃すぎてイタリア人には不評だった。そして売れずにセラーに放置された。1944年に植えられた苗木は、しかし太陽と石ころだらけのこの土地で、素晴らしい葡萄を実らせていたのだ。セラーに放置されたワインは熟成するにつれて、なんと魔法のように深みのある芳醇な味と香りを出し始めたのである、やがて、どのイタリアワインをも凌ぐ逸品に熟成して行った。

幻のワインはやがて「スーパートスカーナ」としてイタリアワインの歴史を覆すこととなる。

ワインには"石ころだらけの土地"と言う意味の―Sassicaia(サッシカイヤ)―が命名された。

「サッシカイヤ」1968年、初めてのヴィンテージは、この瞬間にいきなりイタリアで最もすぐれたワインと評価されたのである。しかも分類はテーブルワインという最下位のランクながら。

当時イタリアではイタリアのブドウ品種でなければ格付けを得ることは出来なかったからである。

1994年、D.O.C.ボルゲリ・サッシカイアを取得。半世紀を経て、名実共にトップの座を射止めたのでした。これに刺激を受けたアンティノーリ社のロドビーコとピエーロの兄弟は、相次いで新しいワインを発表。

1975年、サンジョベーゼ、カベルネソービニオン、カベルネフランからなる、Tignanello

1978年、カベルネソービニオン、カベルネフラン、サンジョベーゼからなる、Solaiaを作る、こうしてイタリアワインは各地で再び最も土壌に適したブドウ品種が研究され、続々と長熟のワインへと変化して行ったのです。あと2時間ほどで目的地ローマに着く予定だ。