エノテーカ ピンキオーリ誕生のエピソード-14-

2008年11月06日

ピンキオーリ夫妻へのプレゼンテーションは、様々な角度から十分な議論を交わして準備は整えられた。このプロジェクトのチームリーダー岡田氏は多くのレストラン設計を手がけ、自らもレストランを経営することから経営者とお客様双方からのレストランのあり方に持論を持っており、デザインの中にしっかりと機能を盛り込んでいた。後はフィレンツに乗り込んで要所に収めるアンティーク家具の調達だ。これこそがピンキオーリ夫妻の力とアイデアを借りてインテリアの最終章とする。調達予定されていたものは、レセプションのカウンターと絵画、ウェイティングルームのテーブルとオブジェ、中央ホールのキャビネットとテーブル、廊下に置く数点のオブジェ、ダイニングの中の家具は、機能を重視する為アンティーク風にオーダーメイドすることになっている。従って絵画と鏡が壁を飾る。

いよいよ5月の10日にフィレンツ入りする事になった。フィレンツェ側からは食器、カトラリー、テーブルクロスなどがプレゼンテーションされ、内装の色調とインテリアとの調和の調整が予定されている。

私のイタリア入りは2度目である。八州エンタープライスの「霞水クラブ」の為にパリ、南フランス、イタリアを視察し、最高のもてなしの条件を調査した時ローマに立ち寄ったのが最初であった。この経験はしばしば後に語り告がれることになるほど悲惨なものだった。ニースからローマには電車で地中海を見ながらのんびり行こうと社長から提案され、特等キャビンの切符の手配をした。そこで荷物の問題が起こった。同行した社長のかわいい秘書?!!から、重い荷物を持ち運ぶのはいやだと主張された。調べた結果、有料で荷物を預かってくれることがわかり早速手配した。これで体一つ悠々と旅行できるではないか、皆大いに喜んでくれたのでした。電車の旅行もしゃれたものである7月中頃のコートダジュールはシーズン本番に、ヨットは穏やかな風を受けて緩やかに帆をはらませ銀色に光る海をゆっくりと進む。浜辺では日光浴を楽しみ思い思いの本を手に心と体を休める。ここでは時間を気にする人はいない。太陽が一時間進めばそこには違う海の風情と風がある。だから人々は自然の営みと共存するのだ。そうして何かを取り戻そうとしている、そうして何かをたくわえようとしている。だから誰も急ごうとしない、時間が自分を満たしてくれるまでは。

列車は日本に比べればゆっくり走る、そのほうが良い、われわれはキャビンにビールとワインを持ち込んでいる。のんびり行こうではないか!

ニースからイタリアの国境ヴァンテミリアまでは40キロ、いくらも時間がかからずに着いた。列車はスペインのバルセロナを発ってニースで我々を乗せ、美しい地中海をローマまで向かう、羨ましい限りである。この国境のヴァンテミリアでは全員が手荷物を持って下車しパスポートコントロールを受ける、まだ当時はそんな風だった。あっ、あれが我々の荷物だ、よしよし事は順調に運んでいる。コートダジュールのイタリア側は切り立った山々が海までせまり海は急激に深くなっている、深い青い色がそれを物語っている。電車で通ればフランスもイタリアも変わらない。少し乾いた感じの山々や海など分けようがないのだ。それぞれの入り江には港と瀟洒な街があり活気にあふれている。一転ジェノヴァは工場地帯だ、また有数の貿易港でもあり大型のタンカーが行き交っている。

さあ、これから無数の島が点在するイタリア屈指のリゾート地ポルトフィーノをめざす。