エノテーカ ピンキオーリ誕生のエピソード

2008年08月07日

今年の夏は、少々おかしい。

私の体の暦に従えば、この時期鳴くセミはアブラゼミとミンミンゼミです。7月の終わりから8月初旬の朝夕はヒグラシの声が涼しいのですが、最近あまり聞くことがなくなり寂しい限りです。近年の気温の上昇でクマゼミの分布が北上したようですが。それにしても8月の下旬に出始めるツクツクホウシがすでに鳴きはじめました。夏が終わりのような気がして、気持ちが沈んでしまいます。いやいや、夏はこれからが本番、美味いものを食べて乗り切りましょう。

さて、話をエノテーカ ピンキオーリに戻しましょう(エノテーカと言うと多くの皆様はワインショップのエノテーカと同系列と思っているようですが、実は別会社です)

1973年フィレンツに産声を上げました。オーナーであるジョルジョ・ピンキオーリが集めたワインコレクションを楽しむワインバーとして開店しました。料理担当はアニー・フェオルデ、生まれはニース、ホテル経営の家系に生まれ、青春をコート・ダ・ジュールで過ごしました。その後パリに出て、語学勉強でまずはロンドン、そしてフィレンツェへと、そこで運命の出会いがあり、専門的料理の未経験ながらジョルジョと共に、ワインを引き立たせる料理の研究に没頭する事になりました。郊外のおばあちゃんから、伝統のスープを教わったり、ジビエの料理を教わったり、又他方ポール・ボキューズのキッチンで修行したりと、最先端の料理とトスカーナの田舎料理が同時にアニー夫人の中で消化されながら、新たにアニーの創作料理が考案されてゆきました。

フィレンツェであるが故に、当然メディチ家の宮廷料理の影響も受けることになりました。(いずれ詳しくお伝えいたします)

ジョルジョの貴重なワインコレクションは5000本であったが、貴重なワインはさほど出ないだろうとの想いとは裏腹に日々の仕入れワインよりもコレクションが売れてしまいました。当然5000本のコレクションはすぐに底をついてしまいました。

ここから嵐のようなジョルジョのワイン購入が始まるのでした。

イタリアに凄いバイヤーが現われた。・・・ Who is Giorgio? ・・・

かなりの勢いで、セラーのワインは増えていきました。

ワインバーは噂を聞きつけたワイン愛好家がイタリアのみならず、ヨーロッパ中からやってくるのに時間はかかりませんでした。